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2003-10-5 更新
Vol. 3 井村 俊介(総務局・社会科学部5年)
早稲田と言う大学は大変特異な大学だ。大学と街の境界線がとても曖昧なのだ。かつてその門は一日中開いたままであったと言う。今でも地域のおば様方が買い物帰りのビニール袋を提げて学内を通っている姿をよく見かけたりする。境界線が曖昧であるが故か学生食堂が小さいせいか知らないが、早稲田大学というのは地域の商店その他をも含めた総称であることを強く感じる。新入生の歓迎会を開く時、早慶戦で勝利を収めた時、大学の入試試験、そして早稲田祭。どれ一つとっても早稲田程、地域と大学が密接に関係している大学にはそうそうお目にかかることは出来ない。我々は早稲田と言う土地に育てられているのだ。
学生会館の位置が変わって地下部室が消え、学生の溜まり場の多くが西早稲田から戸山に移り商店街にも以前ほどの活気は無くなってしまったかもしれない。それでも校歌を歌う際に歌詞で出てくる「心のふるさと 我らが母校」というフレーズは浅井慎平氏撮影の「早稲田界隈」を思い起こさせる。
長い人生の中から見れば短い早稲田大学での四年間(私は留学しているので五年目になりますが)はその自由度において大変貴重な時間である。その貴重な時間をこれだけ恵まれた環境で受けられる私たちはおおいに感謝せねばなるまい。
祭の定義は人それぞれでかまわない。早稲田祭だけが祭りじゃない。日常をいかに力いっぱい生きるか。学生時代にしか出来ない自分のやりたいことに全力を尽くしてさえいれば大学生活での四年間はただそれが存在するだけで祭と言えるのだろう。演劇に打ち込むもよし、運動に打ち込むもよし、日本を飛び出して世界を巡ってくるのもまたよし。
早稲田祭に関わるものとしては各々が学生生活で学んできたこと、体験してきたことの成果を自分たちにしか出来ない多種多様な形で早稲田祭という大学における最大のステージで表現してもらえるならばそれ以上に嬉しいことはない。
「早稲田」という一つの祭が終わり、大学を去る時に「あぁもっと学生時代に○○をしておけばよかった」ということがないように日々を精一杯悔いなく生きる。次の「社会」という祭で暴れられるように力を蓄える。早稲田祭運営スタッフはもちろん、早大生五万人が五万人、明確な目標を持ち日々の学生生活を満喫してほしい。
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