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早稲田大学OB・OGインタビュー リクルート特別顧問 河野 栄子先輩


 今まで他にインタビューにご協力頂いた先輩方はすべて男性の先輩で、今回が初めてOGの先輩です。そこでうかがいたいのですが、今、早稲田の女生徒の事を“ワセ女”と言いますが、ワセ女という言葉は河野先輩が在学されていた当時もありましたか?
 ワセ女?少なくとも私は知らないですね。ワセ女というのは校内だけで言われているのでしょうか?それとも学外から言われているのですか?日本女子大学の学生の事は昔からポン女というように呼んではいましたけれど。

 ―ワセ女というのは、なんというか活発な意味合いも含めて、男性、女性、ワセ女のように言われています。
 そうですか。そういう意味が含まれているのは、それは良いことじゃないですか。(笑)

 当時の早稲田の女性(ワセ女)はどのような感じでしたか?
 今がどうなのか分からないので、当時と比べることは出来ないのですね、それに当時は四年生の大学に女性が行くこと自体が少なかった時代ですから。ちなみに今の学生でいうと男女比はどれくらいですか?

 ―学部によっても違いますが、平均して男:女=6:4から7:3です。
 それでは女性がものすごく増えていますね。大体のデータだけれど、その当時(昭和40年代)の大学進学率でいうと、男性を含めて20%ぐらいだったから、最終学歴が高校で終わっている人が圧倒的に多かった時代です。女性の比率は、早稲田ではどうだったのでしょう?私が感じるに、一割か二割くらいだったと思います。そんな割合でしたから法学部や商学部なんて女の子が全然いなかった。私は教育学部の国文でしたが、国文でさえも男子学生が多かった。女子学生は教育学部でも全体で3分の1くらいの印象でしたね。

 在学当時はローカル研究会(ロー研)というサークルに所属していたそうですが、そちらのお話をお聞かせ下さい。

 日本各地のローカルな場所を旅するサークルでした。一緒にローカル線を乗り継いで旅行するのですが、それもわいわいとマージャンをしながらなんです。旅先で一緒に同じ釜の飯を食べるというようなサークルで、おそらくそこに皆が緊密、親密になる条件が揃っていたんじゃないでしょうか。とても仲がいいサークルでした。当時はローカルというのは今のように観光地化されていなかった。地元の人しかいなくて、日本は広いなぁ。と実感できました。今、当時行った場所にいくと観光地化されてしまっていて、失望するような感じになることがありますね。
ロー研は私が卒業した後潰れてしまったんですが、それでもロー研のメンバーとは今でも親交があるのです。私の上の世代の男性ですと、すでに定年を迎えた人達もいますから、時間が出来たわけですね。不思議なもので、また学生のように集まって、週末になると登山したりして。卒業してからもこうやって付き合える仲間って良いですね。

 今までインタビューをしてきた先輩方は、学生時代に挫折を味わっていたんですが、河野先輩自身は挫折を味わったことはありますか?

 挫折といっていいかわかりませんが、高校卒業した後に、今でいうニートだったんです。それも一年間。実家は姫路にあったのですが高校は名古屋に転校していました。その時は何も考えなくて、受験もしなかったし、大学に行こうとも思わなかった。たまたま母親が入院していた事もあって、就職活動もせず、結果どこも受けませんでした。映画や本だけ読んで楽しい高校生活を送っていましたね。
名古屋に転校する以前に通っていた姫路の高校というのは、かつての友人達が現役で東大に10何人も合格するような学校でした。実家に帰ってから、お小遣いがないからパン屋でバイトしたのだけど、本当にその当時の数ヶ月というのは、暗い穴ぼこに落ち込んだような、すべてに取り残されたような気持になって、私という存在はなんなのだろうと、思いました。学生でバイトしているのと、フリーターでバイトしているのってこれだけ違うものかって。学生でも社会人でもない、なにものでもない、自分。その時に自分ってなんだろう。このままでいいのか。かなり考えました。
そういえば、イギリスに「ギャップイヤー」という慣習と言うか、システムがあるのですが、それは大学の入学や卒業が決まってから一年間モラトリアムの期間が与えられるのです。その間は何をしても良いのだそうです。期間中に国内外のボランティア活動をしたり、外国で語学講師になったり。その一年間は、レールに乗ってない自分のことを考え、考えずにただ走っているのではなく、そもそも自分らしい生き方ってなんだろう、ということなどをじっくり考える、いい時間の過ごし方が出来ると聞きました。

 そのように1年ぐらい海外へ行ってみたいけど、単位や就職浪人のことを考えると踏み出せないのです。やはり留年などは就職には不利ですか?

 目的がはっきりしているなら海外で得るものは大きいと思うし、それが就職で不利になるとしたら日本の会社に多様性の無いせいだとおもいますね。もっとも、留年で落とすという会社はあるとおもいますが。日本の場合、みんなが“ストレートで進学や就職をすることが有利”と思っていること自体が、残念なことだと思うのです。ただ、この社会通念はこの先もう少し変っていくと思います。

 就職の話が出ましたが、河野先輩が入られたころのリクルートはまだ中小企業だったとお聞きしているんですが、当時はどのような事業をされていたんですか?

 新卒募集をする企業から広告料などをもらって、その会社のパンフレットを作ったり、リクルートブックという広告集を出してる会社だったので、会社にいる多くの人の仕事は、企業への広告を勧める営業か、企業の広告原稿の制作をしていました。

 そのような情報を手に入れる力は安定しているのですか?

 やっぱりそれはビジネスですから、安定的に情報を集める努力は必要ですけれど、そのこと以前に、集まった情報がどういう機能を果たすか、ということが大事ですね。
たとえば、いま首都圏の街においてあるリクルートの「R−25」というメディアがあります。今の若い人は新聞を読まなくなって、テレビも見なくなったといわれていますが、携帯などの選択肢が増えたことにより、今までのようにTVCMとか新聞広告では情報が伝わらなくなっている。であれば、25歳前後の男性が読みたいとおもえるメディアを作ろうよ、とチャレンジしたものなのです。そのメディアの中で、読者に届かせたい企業の情報を載せていきたい。情報を集める前提にあるのがこんなビジネスの発想なのです。

 そのような若手社員が新しい雑誌などを作る環境は昔からあったんですか?

 それはもうありましたよ。中小企業という事は、わりと若手の人が多かったですし、上下の区別なく、誰でもが、自分が“いい”って思ったものを自由に言える機会はありました。出来上がったブランドのある会社というのはルールもありますよね。この先、自由度は高まっていくと思うし、ルールは変わると思いますが、今までの日本は60歳の定年退職までの道筋っていうのがちゃんとありました。だから、ベンチャー企業に行くよりは、リスクが少なく安定したシナリオが持てたのです。ただ、今の時代、ベンチャーに行って、失敗すること自体はリスクじゃないと私は思うのです。

 今の学生にメッセージをお願いします。私たち今の学生に欠けているものってありますか?

 「自分探し」という表現はあまり適切ではないと思うけど、私から見るとみんな自分に不利にならないようにと考えているように感じられることが多いですね。多様性と言うか、色んなチャレンジをする人が少なくなってきているのかなと思います。ただ、若い人たちよりも今の日本の年上の人たちの方がむしろ画一的な価値観で物事を判断して対処してしまうことが多い。例えば日本の企業でも採用は二浪で足きりだと決めてしまうところが少なくはない事実も未だあるけど、近いうちにそういうのもなくなる傾向にあります。チャレンジする人も、たとえ二浪してでも得たものがあったんだという気持ちをしっかりともっていてほしいと思うのです。やはり、単一の価値観ではあってほしくないですね。常に複線はあって、人生どこからでもやり直しはできるんだっていうことを、若い人向けだけではなくて、大人や企業にも同じような気持ちをもっていてほしいのです。そのことは私もいつも自問自答しています。皆さんには世の中の価値観を鵜呑みにして判断するのではなく、世の中の常識を理解した上で、自立した自分の価値観を大事に、チャレンジして欲しいと思いますね。

 最後に、今振り返ってみて河野先輩にとって早稲田大学とはどのようなところでしたか?

 青春時代と言うのは誰にとっても懐かしく、輝いているものだと思います。そういう意味では、私にとって、早稲田で過ごしたあの時代は、本当になにものにも変えがたいものなのです。サークル仲間の存在と、早稲田の緑深い校内の景色は私の記憶にいつも鮮明に残っています。早稲田は、私が戻りたいと心から思える、かけがえのない場所になっていますね。



プロフィール

河野 栄子(こうの えいこ)

1948年1月1日(兵庫県出身)生まれ。

1969年3月 早稲田大学教育学部卒

1969年12月 株式会社日本リクルートセンター(現 株式会社リクルート)に入社
1984年4月 取締役に就任(当時38歳で最年少)
          その後、85年常務取締役
              86年専務取締役
              94年副社長を経て
   1997年6月 代表取締役社長に就任
   2003年6月 代表取締役兼CEO 
   2004年11月 早稲田大学理事就任(担当業務:校友)
   2005年6月 リクルート特別顧問


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