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亀田誠治先輩インタビュー - 早稲田大学の学園祭「早稲田祭2007」


  
早稲田大学卒業後'89年頃より、アレンジャー・プロデューサーとしての活動を始め、ベースプレーヤーとしても数多くのセッション、ツアーに参加。
最近では、スピッツ、平井賢、アンジェラ・アキ、スガシカオ、木村カエラ、175R、Chara、ROCK'A'TRENCH、秦基博などの プロデュース&アレンジを手掛けている。
2003年、椎名林檎らと東京事変を結成
  氏 名    

亀田誠治(かめだせいじ)

生年月日1964年6月3日生まれ
辰年NY出身。
亀田誠治先輩

―亀田先輩が早稲田大学を志したきっかけは?

僕はね、初めから早稲田大学に入ろうと決めていたんです。実は付属の受験に失敗していたというのもあって、中学の頃からずっと早稲田に憧れていたんですよ。 他の大学とは違う、バンカラ!というか…オルタナティブな感じ?(笑)
そして第一文学部と第二文学部に合格して、一文に進みました。何というかこう、文学部=哲学してるイメージに憧れていたんだよね。 それと、僕はプロのミュージシャンになろうと決めて早稲田に来たんです。「文学部」で「音楽」を勉強する、これって大きな勘違いですよね(笑)。 とはいえ、文学部には芸術に秀でた人が多かったと感じています。
…でも本当のことを言うと、慶應も受験しました(笑)

 

―早稲田祭にまつわる思い出はなんですか?

「晩秋」ですね。葉の色が変わる頃に、学園祭の準備の盛り上がりと焦燥感を強く覚えています。 僕はサークルに所属していなかったので、彼女と音楽サークルの演奏を見て回ったりしていましたね。

―学生時代、最も真剣に打ち込んだことは?

中学の頃からずっと、プロになってやるという一心でベースを練習していました。 でも軽音楽サークルには所属はしなかった。サークルの新歓コンパみたいなものに参加したとき、酒を飲みながら「自分はこんな音楽が好きだ、あのミュージシャンのプレイが好きだ」 と語り合うようなことをまわりがしていて、それをあまりカッコイイと思えなかったんです。
僕の中では、音楽は語るものではなく「自分から創っていく」ものだと思っていたから。主に学外で音楽活動をしていましたね。 でも、他大学のジャズ研サークルに参加したりはしました。ベース一本担いで、武者修行に出てるような気分でね(笑)

―学生時代の苦労話がありましたらお聞かせください。

音楽に専念しすぎて一時期学校に行かない時期があって、結局語学の単位を落として専修留年してしまったんですね。 でも留年したときの語学クラスで最高の仲間に出逢えました。本当に、彼らがいなかったらそのまま大学を中退していたかもしれない。 彼らと過ごした時間は本当に楽しかったです。


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