私達ザ・ワセダガーディアンは現在は部員60名の
中規模サークルとして、ある程度の知名度を得ています。
ですが、今から遡ること71年前、創立当初の
ガーディアン(当時は早稲田大学英字新聞会)は、部員総数はわずか3名でした。
その発端も英語サークルESSから枝分かれに派生したものであったため、
その知名度もないに等しい状況であったと聞きます。
当時は英語という言語自体、そこまで広く普及はしておらず、
そんな英語で新聞を書くことに意味はあるのか、と疑問視されることもあったと思います。
しかし、早稲田大学創立者である大隈重信は、
明治初期、多くの大学が創立され、競って外国からの講師を招き
最先端の学問を取り入れようとしている中、
あえて早稲田という学校の中で学問、文化を成熟させ、
受信する学問ではない、「発信する」学問をする場として
当時の東京専門学校を立ち上げたと聞きます。
そこで、当時も今も世界の第一言語である英語の教育は不可欠であり、
その英語を、受け取る英語ではない、発信する英語として確立しようとしました。
その理想こそ、早稲田の理想であるとするなら、
あえて英語という言語で今の日本を伝えようとする英字新聞という媒体は、
まさに早稲田大学を体現するものといってもいいのでしょうか。
その気流はほかの大学にもあったらしく、昔は
「青山トロージャン」「三田キャンパス」「セイジョアイツ」「神大クラリオン」「法政タイムズ」「白門ヘラルド」「フェアガクイン」「立教エコー」「同志社スチューデント」「近畿タイムズ」「関西学院タイムズ」「海星エコー」「西南エスプリ」
など、著名な大学もそろって英字新聞を発行していました。
しかし、そういった学生主導のアカデミックな文化は時代の流れとともに
次第にその勢いを失っていき、現在大学で英字新聞を発行しているサークルは
私達ワセダガーディアンと、近畿大学の2校だけと言われています。
今一度我々は、早稲田建学の精神を見つめなおす必要があるのではないでしょうか。
早稲田が文化を創る。
世界を動かす。
英語の勉強がしたい、本を作ってみたい。
私達が英字新聞を発行し続けているのはそんな理由ではないのです。
サークル設立時、わずか3人の学生が願ったその想いは、
71年たった今でも、何人もの部員、OB、そして読者に
受け継がれているのだと思います。




