音楽と社会の関係性ってのはなかなか密接なものでございまして、
かの小泉文夫先生の本によれば
イヌイットには鯨を皆で共同作業で捕獲する
種族とそれぞれ個別にもっと小さい生き物を狩る個人作業の種族があり、
前者に合唱してください、というと合唱をすることができるのだが、
後者に言うと、みなバラバラなメロディを歌ってしまい
なかなか一緒に歌うことができない。
共同作業する必要がない部族のなかでは合唱する必要性は生まれてこなかったのである。
あと二十世紀の現代音楽が一様に怖いイメージの曲が多いのは
それぞれの戦争体験が関係している、とか(亡命やら肉親をナチスに殺害された、などなど)
というはなしもあり。
また情報化社会と呼ばれる現代では
やはりエレクトロニカが主流になってでてきてますし、
(今は音楽機材の開発、発展=音楽の進化みたいな感じですものね)
またそれに伴う現実感の喪失からの反動
としての身体をもとめた即興演奏がクローズアップ、
まぉこれは少し疑問だけど。
でも人類が音楽始めた瞬間は
なんにせよ即興演奏だったはずなんだよね。
いきなり等感覚のテンポで骨叩いたりはしなかったのでは?
いやそれはさすがに定かじゃございませんが。
こっから猫楠にどうつなげていこうか(笑)
小室ファミリーがバブルの影響下で云々てのはわかる気がします。
ヴィジュアル系がバブルはじけた後に台頭してきたのもわかる気がします。
猫楠の出演者達のやっている音楽とは
どう社会に関係づけられるものなんでしょうかね?
別に関連づける必要もないのだけど。
それぞれが好きに自分の音楽を追求しようと思っていても
意外と社会の流れ、制約をうけている面も
ありそれはそれで面白いなと思ったり。
でも今世の中がこうだからこういうのが売れるというのは眉唾ものですから
あくまで想像でとどめていくのが一番楽しいんじゃないかなと思います。
