今日は寝坊したので、一日を本を読んで過ごしました。なので今日は心象風景しか語るべきものを持ちません。たとえば、僕が今日読んでいたのは佐藤亜紀『ミノタウルス』ですが、この物語は背景となっているロシア革命について一切触れず、それは個人が生きていくうえで、歴史的事項と言うのはいわば暗黙の了解となっているからです。そのことは先日読み終えたばかりのクリストファー・プリースト『双生児』にも当てはまると思います。全体の構成を登場人物の手記が占めるこの作品は、いわば個人の主観が文書化という過程を経ることで、ある種の「正当性」を付与されているわけです。その主観が複数交錯することがこの作品の肝なのですが、まあそれはまた別の話。
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僕は、本を読むことが好きです。演劇よりもずっとずーっと好きです。
演劇には物理的な障壁が生じます。ここ、24区のような弱小劇団サークルならばなおさら。それを乗り越えるのがまた面白みのひとつなのでしょうが、ね。
一方で、本には心的な障害があります。「何を書いてもいい」と言われて、本当に何でも書けるひとはいません。そしてその壁を崩すことは物理的なものよりもはるかに難しいです。それが表現者の先入観、心的構造によっているがために。
人間は満足したい、充足したいと願いますが、それがかなえられてもむなしいだけなのでしょうかね。一度くらい、徹底的に満足しきってみて、確かめてみたいです。
僕はまあ、今の生活に満足しています。多少の不満はありますが、どうしようもないものである以上、放っておくのが精神衛生上よろしいのでしょう。
(劇団24区第四回公演『海老田の妄想たくましき生活』 演出挨拶のごみ箱より)




