ちゃんと起きなければならない時間が決まっているのに、ずいぶん長く眠ってしまったような感覚で目覚める。
でも慌てて時計を手に取ると、意外なほどに時間に余裕がある。
当人にしかわからないものなのでしょうが、なんだかとても幸福です。
おはようございます、福田です。
眠ったり、食べたり、体に直接作用する刺激は、そのどれもがうれしく、悲しく、生々しいです。
照明の光や音響の音、もしかしたら好みの役者さんの声など、感覚的に訴えるものがないわけではないでしょうが、そういうものを副次的なものと考えた時、物語単一だけで感覚以上の衝撃をヒトに与えることは可能でしょうか。
できるという人もいるかもしれませんし、できないという人もいるかもしれません。
解釈と結論は、人によって違ってしまうものかもしれません。
求めているものも、人によって違うのでしょう。
結局、求めているものだけを求めて、表現したいものを表現しているにすぎないかもしれません。
案外、求めているものなんてわからず、表現したいものを表現するのに十分な力を持っている人なんていないものかもしれません。
だからこそ、楽しいのでしょうね。




