ロッカールームという所に一度でいいから入ってみたかった。初めにその単語を聞いたのは小学生になったばかりの頃だったか。プロ野球中継をぼうっと見ていた僕の耳に、突如飛び込んできた聞き慣れぬ言葉。父を見上げて尋ねてみる。
「お父さん、ロッカールームって何ぞ?」
「康太、ロッカールームというのはな、ロッカーが沢山並んどるんじゃ。」
その頃はまだそこまで気にも留めなかった。その頃は飼っていたカブトムシと、誕生日に買ってもらった剣のおもちゃに夢中になっていて、それどころじゃなかったのだろう。だがその日から中学生になるまでの間、僕の中ではゆっくりと、しかし着実にロッカールームに対する想いが膨らんでいった。思春期に差し掛かる少年が皆そうであるように、僕もあこがれの場所というものを頭の中に思い描くようになったのだ。僕のまわりには、大学があこがれの場所だという者もいたし、国際的な活動をする場であれば何でもいいという漠然としたあこがれを持つ者もいた。ただ、僕にとってはそれがロッカールームだったというだけの話だ。
ロッカールーム。なんと魅惑的な単語なのだろう。プロのスポーツ選手が試合前に着替え、気合いを入れる場所。試合を終えたあと、汗を拭い、着替えて元の姿に戻る場所。そこはスタジアムという場の中で、まさに日常と非日常の境界として機能している。ロッカールームを通して初めて人は選手になり、またロッカールームを通して再び選手は人になりうるのだ。だからといって、ロッカールームはこれといって自己主張をするわけでもない。ただそこにあるだけだ。中にはロッカーが整然と並べられているだけで、まったく味も素っ気もない。そこがまた、いい。境界というものは僕らの生活の中で殊の外強調されがちだ。白線の内側にお下がりくださいというアナウンス、円の中から一歩出たら失格になってしまう砲丸投げ、「ようこそ栃木県へ」という表示、どれも境界を必要以上に大きく取り上げすぎている。もちろん、境界を強調することで何らかのメリットがあるからそうするのかもしれない。その方が白黒はっきりついていいのかもしれない。けれど、境界なんて人間が自分たちの都合で勝手に定めたものであって、本来はもっと何もかもが曖昧なまま存在できていたはずだ。人間が社会生活を営んでいくためにはそうもいかないのは自明の理だが、僕はどうしても、境界を、境界の本来的な意味から逸脱させ、それのみが重要なものとして扱うような世の中は、好きになれない。区別している部分ではなく、区別されたものの方が本当は重要だと思うからだ。
ロッカールームに話を戻そう。僕がロッカールームに対して淡い憧憬を抱き続けてきた理由はわかってもらえただろう。あれだけ華やかなスタジアムにおいて、格別誰からも顧みられることもなく、ただそこに佇むロッカールーム。僕はどうしても、この目でそれを見てみたくなった。しかし中学生の頃はそもそもスタジアムに入る金すら持っていなかったし、スタジアムに行くための電車賃すら工面するのに四苦八苦していたような状態だったから、スタジアムに、ましてやロッカールームに入るなんていうことは夢のまた夢であった。高校生になってアルバイトをするようになり、初めて僕は自分の金でスタジアムに入ることができた。それだけで自分の夢がぐっと近くなった気がして、ひどく気分が高揚した。いてもたってもいられず、試合も見ずにロッカールームのありかを探ってみたが、もちろんわかるはずもなかった。そうして何度かスタジアムを訪れるうち、僕はいとも簡単に警備員のブラックリスト入りを果たすこととなった。そりゃあそうだろう。試合も見ずに用務員室や非常階段、搬入口などをくまなく探索していれば怪しまれるのも当然だ。そのうち両親にもばれ、祖母は泣いた。僕は当面のあいだスタジアムを訪れることができなくなってしまった。
大学に入学してもスタジアムに通うことはできなかった。地方の国立大学に入学したのだが、その地方にはスタジアムという設備自体がなかったのだ。親が僕のことを心配してその大学を受けさせたというのもよくわかっていたし、僕もこれ以上自分の夢のために家族に迷惑をかけたくなかったから、言われるがままに従った。そこからは、予想していたより遙かに厳しい、地獄のような四年間を過ごすこととなった。当初は、スタジアムに行けずともインターネット等でスタジアムの写真を見たり、寮の部屋にポスターを貼り付けることで何とか自分の欲望を抑えつけようとしたのだが、結局初めの半年でうまくいかなくなってしまった。写真だけではどうしても満足できない何かがそこにはあったのだ。毎日、ロッカールームのことばかり考えて過ごした。大学のスポーツ棟にある簡易ロッカールームに通い詰め、1日の大部分をそこで過ごした。ここがスタジアムの中にあるロッカールームだったら、ここで選手が汗を拭っていたのだとしたら、そうやって想像し、自慰をすることが日課になっていった。家族とも離れ、自分がどんなことをしていようと止める人間はもういない。僕はいつしかロッカーを買い、自室の片隅に並べるようになった。初めは1個ずつ、しかも小型のものを購入していたのだが、徐々に欲望に歯止めが利かなくなり、ついには大型ロッカーを大量購入するに至った。ベッドはもはや置けないので、売りに出した。小学生以来使ってきた勉強机も粗大ゴミに出してしまった。最後には押し入れすら開けることができなくなり、僕はロッカーに囲まれ、ロッカーと寝食を共にすることになった。
(後編につづく)
※この話はフィクションです。

ロッカールーム(前編) [08.10.29]
ロッカールームという所に一度でいいから入ってみたかった。初めにその単語を聞いたのは小学生になったばかりの頃だったか。プロ野球中継をぼうっと見ていた僕の耳に...

